困難な時期にある友だちたちに

この暗い時期にも、
いとしい友よ、私のことばをいれよ。
人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、
私はけっして人生をののしるまい。

日の輝きと暴風雨とは
同じ空の違った表情に過ぎない。
運命は、甘いものにせよ、にがいものにせよ、
好ましい糧として役立てよう。

  (後略)

       ヘルマン・ヘッセ詩集、「夜の慰め」の中から抜粋


「人間」を長いことやっていると、いろいろな人にめぐり合うものだ。
自分にとって、凄い影響を与えてくれた人なのに、名前も、お顔すら浮かんでこない・・・と言う人も居るものだ。

昔、昔、大昔の話だ。
16歳の夏休みに、初めて【バイト】を経験した。
友人の伯父さんが経営する大きなケーキ屋さんの売り子だ。
たった10日間という期限付きで、両親の許可がおりた。
それでも、夜には、父親が車で迎えに来ると言う、今思っても、おかしな位、「箱入りの少女」だった。

その店は上野駅近くと言うこともあって、帰省客の買い求めるお土産で、いつもごった返していた。
お仕着せのユニフォームを着て、店頭での接客は新鮮で楽しかった。
休憩する従業員控え室は、お喋りしたりお菓子をつまんだりと、賑やかだった。

その中で、いつも部屋の片隅で、雑談に加わることも無く、ひとり静かに本を読んでる人が居た。
楚々とした綺麗な人で、仲間からは、「ちょっとお高い人」と敬遠されているようだった。
本が大好きな少女だったから、私は初日から彼女のことが気になって仕方が無かった。

「何を読んでるんですか?」

と、お喋りの糸口を見つけて、彼女と口を利くようになった。
約束の10日間過ぎて、「バイト」が終了する日に、彼女は自分の読んでいた本を私に下さった。
ヘルマン・ヘッセの詩集だった。
後年、それが新潮社から出版されていたヘッセ全集(全15巻)の13巻であることが分かった。
社会人となってから、私は毎月、1巻づつ買い揃えていった。
「車輪の下」も「デミアン」も、私は全て、その全集で知ったのだ。
半世紀も経っても、いまだ、私の本棚には、そのヘッセ全集は燦然と輝いて並んでいる。
全、15巻中、カバーの無いのは13巻目の詩集だけだけれど、私にとっては、それがヘッセの原点だから、買い換えるつもりは全く無かった。
ところどころに鉛筆で印がしてある詩集。
どうして、彼女の連絡先を訊いておかなかったのか・・・、自分の幼さを悔やんでいる。

数多くの人から教えを受けたけれど、読書の楽しみや孤独の強さを、彼女から教わった気がする。
今、ご存命ならば、70歳は越えただろうか・・・。

夕べ、寝苦しい床の中で、久しぶりに彼女のことが思い出された。

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