生きてれば・・・93歳!
2012年3月19日 エッセイ コメント (4)
今日は、母の誕生日。
生きていれば、なんと、93歳だ。
ご近所に、窓辺からいつも外を見てるおばあさんがいるが、たぶん、同じ年頃だろう。
若くして亡くなったので、母の93歳は想像もつかないのだけれど・・・。
こんなかなぁ・・・と思いながら、そのおばあさんに手を振っている。
母はフリージャーの花が好きだった。
紫色を好み、着物でも宝石でも、紫に拘った。
お寿司は光物が好きで・・・。
早くに亡くなった所為か、私の中の母は悪い部分は全て浄化されて、良い面しか思い出さない。
どちらかと言えば、父親贔屓の妹から、たまに、母の側面を聞かされるが、「同じ人・・・?」と言うくらい、別の母親を知ることもある。
が、私にとっては、母は永遠の理想の女性だ。
息子たちにとって、私は、どんな母に写っているだろうか・・・。
ずっこけで、お馬鹿な私は、余り、感心できる母親では無いかもしれない。(笑)
実母を思い出すたびに、自分の不甲斐無さを反省している。
生きていれば、なんと、93歳だ。
ご近所に、窓辺からいつも外を見てるおばあさんがいるが、たぶん、同じ年頃だろう。
若くして亡くなったので、母の93歳は想像もつかないのだけれど・・・。
こんなかなぁ・・・と思いながら、そのおばあさんに手を振っている。
母はフリージャーの花が好きだった。
紫色を好み、着物でも宝石でも、紫に拘った。
お寿司は光物が好きで・・・。
早くに亡くなった所為か、私の中の母は悪い部分は全て浄化されて、良い面しか思い出さない。
どちらかと言えば、父親贔屓の妹から、たまに、母の側面を聞かされるが、「同じ人・・・?」と言うくらい、別の母親を知ることもある。
が、私にとっては、母は永遠の理想の女性だ。
息子たちにとって、私は、どんな母に写っているだろうか・・・。
ずっこけで、お馬鹿な私は、余り、感心できる母親では無いかもしれない。(笑)
実母を思い出すたびに、自分の不甲斐無さを反省している。
コメント
だから、敵対関係(????)だった義姉とは
余り母のことは話せません、連れ合いの方が
やはり関係は良好だったので思い出話は連れ合いと、、。
アミさんはお母様の亡くなられたお年を随分(失礼)
超えられて想像出来ないでしょうね、私も今の自分の
服とかを見て、何と母におばあさん臭い装いを強いて
いたのかと、、、反省しきりです。遅いけど、、、。
今の老人は若いです!
義姉などを見ても、そう思います。
長生きのお母様をお持ちの友人は、かえって私のことを羨みます。
皆、隣の芝生は・・・なんでしょうね~。
仰るとおり、私、母の年齢を随分過ぎました。(笑)
義理の祖母(妻の父の母)は94歳で(妻の母の母)は86歳で同じ年に亡くなり
ました。岳父母にとっては介護の仕事がいっぺんに終わりを迎えたのですけどね。
岳父がこの間階段から落ちて頭を五針縫いました。(72歳かな?)
順番とはいえみんなそう違いもなく平均的な辺りで他界してゆくものなのでしょう
ね。
そう言う僕は岳祖母が妻のお祝いに仕立てた着物のシミヌキをして陰干ししてます
人は死んでも物や心は残ってゆくものなのでしょうね。
長寿の家系なのですね。
母も、もう少し、生きていて欲しかった・・・。
余りに早かったから、介護は余り経験ありません。
でも、母や父への思いは、消えることはありません!